「官能的な白いヒューマノイド・ロボ」
1990年代後半から2000年代にかけて確立されたこのビジュアル文法は、いま見ても強烈な既視感と吸引力を持っています。その象徴と言えば、クリス・カニンガム監督によるBjörkのMV「All Is Full of Love」を思い浮かべる方も多いでしょう。
今回、ウォッカ・ブランドの「Svedka」は、その“系譜”を真正面から引き継ぎながら、生成AIを制作プロセスに組み込み、スーパーボウルに初出稿するという勝負に出ました。単なる「流行りのAIを使ってみた」で終わらない、人間とテクノロジーの新たな分業の形が見えてきます。
1. Svedkaが掲げた「スーパーボウル初」の野心
今回のCMは、ブランドにとって、そして親会社Sazeracにとっても大きな転換点です。Adweekによれば、Svedkaは今回の出稿を(同社の位置づけとして)次の“初”として語っています。
- (主に)AIで制作された初のスーパーボウルCM
- スーパーボウルで広告を出すウォッカブランドとして初
- 親会社Sazeracにとって初のスーパーボウルCM
Adweek: Svedka Bets on AI and Its Fembot to Make Super Bowl History
放映枠はハーフタイム直後という大きな注目が集まるタイミング。長年ブランドの顔だった「Fembot」に加え、2025年の新相棒として「BroBot」が登場し、AI時代の新たなブランド・アンバサダーとしてお披露目されました。
2. なぜ今、“白い艶ロボ”なのか(クリス・カニンガムからAIへ)
Svedkaのロボット像は、単なる懐古趣味ではありません。かつてカニンガムが描いたロボットは、冷たく、機械的で、しかしどこか人間以上に官能的でした。そして、その“不気味だけど惹かれる”魅力は、いまも古びていません。
Svedkaはこの魅力を、「テクノロジー時代の人間回帰」という文脈で再起動させています。
- 「未来っぽさ」の記号が“AI”に置き換わった
かつては「精密なCG」が未来の象徴でしたが、現在は「AIによる生成」そのものが未来の代名詞。Svedkaは自らを「未来のウォッカ」と定義し、AI活用をブランドアイデンティティに直結させました。 - ロボに「人間らしさ」を語らせる逆説
CMでは、無機質なロボットたちが軽快に踊り、酒を酌み交わします。「テクノロジーが加速する時代だからこそ、人間のつながりを思い出そう」というメッセージを、あえて100%デジタルな存在に語らせる皮肉(ユーモア)が効いています。
3. 「意図」は人間、「反復」はAI:制作プロセスの革命
今回のプロジェクトで最も注目すべきは、人間制作のCGとAI動画の使い分けです。メイキング映像を見ると、その巧妙な分業がわかります。
人間が作るCGの強み:意図・演出・ブランド統制
- キャラクターの性格付けや、広告としての落とし所の設計
- 酒類広告特有の厳しいレギュレーション遵守
- 「AIはショートカットではない。人間がブリーフし、ディレクションし、編集し、反復して品質に持っていく必要がある」とSvedka側は強調しています
AI動画の強み:速度・反復・直前修正
- ロボットのダンスの振り付けは、AIを使うことで「数時間」で成立
- 従来のフルCG制作では、一度工程が進むと後戻りが困難ですが、今回は放映の1週間前まで大きな変更を入れられたといいます。AIプロセスは、意思決定をギリギリまで更新し続けられる「運用型映像制作」を可能にしました。
4. ティザーが示した「学習の見える化」の賢さ
メイキング映像では、実在のダンサーの動きをAIが変換し、Fembotの動きへと昇華させていくプロセスが公開されています。ここで起きているのは、単なる技術誇示ではありません。
「人間の身体表現(UGC/ダンス)→ AIで翻訳(変換)→ ブランドキャラ化(統制)」
というプロセスをあえて視聴者に見せることで、「AIが人間の仕事を奪うのではなく、人間の才能を増幅させている」という説明責任(アカウンタビリティ)を果たしているのです。
5. AI広告の「正解」への一歩
AI生成動画に対する世間の目は、必ずしも好意的とは限りません。だからこそSvedkaは、「AIに丸投げした」のではなく、「人間がAIをどう乗りこなしたか」というストーリーをセットで提示しました。
90年代の美学を、現代の技術でハックする。
そして、懐かしさで終わらせず、「人間らしさ」というテーマへ接続する。
Svedkaの試みは、「ブランドの歴史」と「最先端の技術」をどう調和させるかという問いに対する、ひとつの回答と言えるのではないでしょうか。


