オーストラリアのOOH業界が、2026年3月に業界標準「MOVE 2.0」へ完全移行します。この刷新は単なる“新しい数値の導入”ではなく、OOHの価値を説明するための共通言語を作り直すプロジェクトです。
当初予定を3年遅らせてまで「データの精度」を優先し、さらに視認した量とは別レイヤーの第3指標「NIF」を取り入れた点が、世界的に見ても特徴的です。
OMA(Outdoor Media Association)とは?
OMAは、オーストラリアのOOH業界を代表する業界団体です。媒体社や広告会社など、市場の約80%以上をカバーする企業が加盟、業界全体の計測の共通基盤づくり・取引ルールの標準化・業界の信頼性向上を推進しており、その中心プロジェクトが「MOVE」です。
MOVE 2.0(Measurement of Outdoor Visibility and Exposure)とは?
MOVE 2.0は、OMAが推進する世界最高水準を目指した次世代OOH視聴者計測システムです。2021年から約1,500万豪ドル(約15億円)以上を投じて開発されており、クラシック(静止画)とデジタル(DOOH)の両方を、地域・季節・時間帯レベルの精度で計測可能にします。
1. 豪州OOH市場:デジタルが“主役”で2025年も二桁成長
豪州のOOH純媒体収益は2025年に14.495億豪ドル(約1,400億円超)規模に達し、前年比+11.43%と高成長。DOOH比率は76.6%に達しているとされています。
つまり、すでに豪州のOOHは「デジタルが主役」の市場です。
この環境下で「MOVE 2.0」への移行が決断された背景には、従来の推計モデルの限界があります。市場が拡大し、DOOHが当たり前になるほど、広告主・代理店からは「説明可能で、納得できる共通通貨」が求められる。そこで、季節・地域の揺らぎも含めた“実測モデル”に舵を切った、という流れです。
2. 「精度がすべて」:OMAが3年の延期を選んだ理由
MOVE 2.0は当初2023年提供予定でしたが、最終的に2026年までローンチがずれ込みました。OMAはこの遅延について、極めて誠実なコメントを残しています。
「大きな前進の局面では、立ち止まり、疑問点を確認し、声を聞くのは自然で必要なことだ。精度こそが最重要であり、拙速な導入はデータの完全性を損なう。結果としてクライアントの成果を阻害し得る」 (AdNews)
「精度の低い数値は、通貨としての価値を持たない」という不変の真理を、彼らは身をもって示しました。また、従来版(MOVE 1.5)とは計測モデルのアプローチが根本的に異なるため、両者の数値は「直接比較できない(断絶がある)」とも明言しています。“それらしい数字”を急いで出すのではなく、ステークホルダーが納得できる透明性と精度に時間をかける、というデータへの真摯な姿勢が伺えます。
3. MOVE 2.0の主要指標:ROTS/VAC/NIF(3層構造)
MOVE 2.0では指標を3層に整理しています。ポイントは、「見える機会」→「見える接触」→「効き(Impact)」と、役割の違う指標を分離していることです。
3-1. Viewable Audiences:ROTS(Realistic Opportunity to See)
ROTSは、直訳すると「現実的に“見る機会”があったオーディエンス」。
MOVEでは「見え得る(viewable)」の考え方を前提に、“現実的な視認機会”として整理されています。
3-2. Filtered Attention:VAC(Visibility Adjusted Contacts)
VACは「可視性で調整した接触数」。
“Attention”という語が入るため誤解されがちですが、MOVEのVACは(概念としては)視認条件の影響を織り込んだ“調整済み接触”に近いレイヤーです。ここから Reach/Frequency といった到達指標(量)へ接続しやすい構造になっています。
3-3. Impact:NIF(Neuro Impact Factor)
そして最大の特徴がNIFです。
NIFは、VACとは別レイヤーの “Impact(効き方)”として並置されます。ここが「VACだけで十分では?」という議論に対する、MOVEの明確な回答です。
4. NIF(Neuro Impact Factor)とは?
NIFは、単なる「注視(見たかどうか)」ではありません。MOVE 2.0では、VAC(見た可能性)とは別の Impactレイヤーとして位置づけられています。狙いは明確で、“視線が届いた量(量)”と“記憶・感情に刻まれる強さ(質)”を混同しないことです。
4-1. 「アテンション」なのか、「インパクト」なのか
IAB/MRCのアテンション計測ガイドラインのように、Attentionを「露出・関与・集中・認知的影響」まで含む広義の概念として捉える枠組みもあります。
その意味では、NIFは“広義のAttention”の中に入れて語ることも可能です。
ただしMOVE 2.0の設計は、OOHのプランニングを「量だけ」で終わらせないための設計思想と言えます。
4-2. NIFはどんな数値?(0~1スケールを材料にした「Impact score」)
NIFは 0~1のスケールで測った脳反応(記憶・感情など)をもとに、反応の「ピークの強さ」「ピークの頻度」を使って合成した Impact score として説明されています。
ここで重要なのは、NIFが単純な「0~1の点数」ではなく、0~1スケールの“ピーク”を材料にして作る合成スコアだという点です。さらに“閾値(例:0.7超のピークのみ採用)”のような考え方が示されており、弱い反応をノイズとして切り捨て、強い反応を“効いた証拠”として扱う設計になっています。
4-3. 「インパクトはクリエイティブ依存では?」への回答:NIFは“枠側”の係数として使う
ニューロ系指標は本来、クリエイティブの影響を強く受けます。
しかしNIFの考え方は(少なくとも公開されている整理の範囲では)、クリエイティブ個別の優劣を言い当てる指標というより、「この枠(フォーマット/環境/サイズ/モード)は、平均的に“記憶・感情に届きやすい土壌”を持つ」という 枠(媒体)側のポテンシャル=インパクト係数として使う方向に寄せています。
これにより広告主は、単に「同じ1接触」を買うのではなく、より“効きやすい枠”(NIFが高い環境)を戦略的に選びやすくなる。と言えそうです。
5. 取引の共通ルール:DOOHは「SOT」で買う/Classicは「プレースメント」で買う
MOVE 2.0は指標だけでなく、取引単位(売買の通貨)も整理しています。
SOTは「5%刻みの販売推奨」「第三者検証(Verification)の対象」など、実務に落ちるルールが整備されている点も重要です。DOOH取引を“説明可能で、検証可能な契約”に寄せることで、プログラマティックOOHとの親和性も高まります。
6. まとめ:MOVE 2.0が示すのは「量(VAC)だけでOOHを語らない」という姿勢
オーストラリアのOMA/MOVE から学べるのは、「媒体価値をVAC(量)だけで代表させない」という姿勢です。
日本でも、OOHの共通指標・取引指標の導入を進める際、MOVE 2.0の「3層構造(ROTS/VAC/NIF)」は、その整理において有効なフレームワークになるでしょう。